着想と実現の間
たまに、どっちが幸せだろうかと思うことがある。
- アイデアを10個思いつき、10個実現する人
- アイデアを20個思いつき、5個実現する人
アイデアはスポーツと似ていて、苦手な人は得意な人を羨むが、その対象が天性なのか努力の賜物なのかはっきりしない。一方、実現する能力については、少し違う。実現するかしないかは、努力の問題と片付けられることが多い気がする。このあたり、誰でも一度は聞いたことがあると思うエジソンの「1%のひらめきと99%の努力」の影響が大きいと思う。(当のエジソンは別のことを言おうとしたのだが、インタビュアーが努力を美化するように書き換えてしまったらしい)
僕は、どちらかというとアイデアを出す方が得意で、実現する能力は、それほど高くはなかったので、テキパキと人を集めたり、場所をセッティングできる人が羨ましいと思うことが多い。で、それは自分の努力が足りないのかというと、そうではなくて「実現の才能」というのが、あまり自分に備わっていないのではないか、というのが最近の結論。こう書くと、努力もせずに諦めてるように見えるかもしれないが、別に努力が嫌いというわけではない。
で、冒頭の質問に戻るのだが、この質問は「実現しない」ということを、どう思うかに依存するのではないかと思う。すなわち
- いいアイデアがあるのに実現しないなんて、人生を無駄にしている
- アイデアは幾つもあるので、やらなくてもいいことまでやったら無駄である
のどちらの考え方をするか、と。
arduinoのようなフィジカル・コンピューティングが趣味になり、何でもかんでも手を出すと、いくらお金があっても足りないが、Webベース(例えばJavaScript)であれば、いろいろと試すのに時間はかかるがお金はかからないので趣向が異なるのかもしれない。そういう事情もあるにはあるけど、アイデアを出し続け、その中で本当にやりたいことだけをやって生きていたいものだ。

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